染色補正の歴史と国家資格

染色補正師 栗田裕史

染色補正の歴史

染色補正業は、今から約三百年前、享保14年、第114代中御門天皇の御代に、朝廷をはじめ、公家、女官の着用する礼服など染織品の御用を承っていた御所出入りの、小川茶屋、堀川茶屋、西洞院茶屋などが、染色工程上発生する汚点または難点を除去し、 納品の完全を期するために調整方を設けて処理する必要から、京都小川三条に住まいする新宮三右エ門をして専業に当たらせたのがこの業の始まりであり、当時は御手入師と呼ばれた。

これを契機として、呉服問屋、専門店等から調整の依頼が多くなり、業者も幾久屋、桔梗屋、梅鉢屋など門派を生じ、全国の主要都市に所在し、直し物屋、落とし物屋と称した。

このような推移を経て我が国染色文化と歴史の中で磨かれた技法が代々継承されて染織界に大きく貢献してきたのであるが、近代にいたって 繊維製品の発達、染料等の進歩に伴いこれに対応して伝承されてきた技法に加え、さらに高度な学理的専門知識の必要が生じ、職業訓練校の設置、 国家技能検定の実施等技能者養成に力を注いできたのである。

この結果、業種も「染色補正」と国家から命名され多数の技能士が誕生し、業界で消費者の皆様のご要望にお応え活躍している。

一般衣服の加工途次、展示販売、管理保管中あるいは消費者の方の着用後の処理など、染色の不備または月日の経過によって自然的、人為的に 汚損の生じることは、染織品の避けることのできない宿命といわれている。

染色補正とは、これら一旦損傷した染織品の生命力を延ばすために、特別な技術をほどこし、経済的価値を復元する治療医学ともいうべき、染色分野における欠くことのできない重要な技術である。

※参考文献 「染色補正の技術・技法」 京都染色補正工業協同組合 著

染色補正技能士について

技能検定に合格しないと名乗ることはできない名称独占資格であり、合格せず名乗った場合は法律で罰せられる。技能士は、職業能力開発促進法第50条に規定されている。労働技能の認定は厚生労働省が所管し、中央職業能力開発協会に委託されたものを各都道府県職業能力開発協会が試験実施すること(都道府県方式)が多いが、一部の職種では厚生労働大臣が指定している民間の指定試験機関により実施される(指定試験機関方式)。 等級として、特級、1級、2級、3級の区分がある職種と、単一等級のみで区分がない職種がある。また、外国人研修制度や技能実習制度の外国人の研修生や実習生に対しては、「基礎級」として、基礎1級、基礎2級、随時3級の区分がある。職種の中で作業や業務の内容によって分類されている職種もある。技能士(ただし、民間の指定試験機関が実施する職種を除く)には、厚生労働大臣から級に応じて合格証書の交付と「技能士章」(旭日章の中央に“技”の一文字入りバッジ 特級:文字部分白抜きの金色、1級:全体が金色、2級:全体が銀色、3級:全体が銅色)が交付される。

染色技能士(せんしょくぎのうし)とは、国家資格である技能検定制度の一種で、都道府県知事(問題作成等は中央職業能力開発協会、試験の実施等は都道府県職業能力開発協会)が実施する、染色に関する学科及び実技試験に合格した者をいう。 なお職業能力開発促進法により、染色技能士資格を持っていないものが染色技能士と称することは禁じられている。
wikipedia 染色技能士より引用)

現在では、単にシミを抜いた跡を色修正が出来ることを染色補正と呼称しているお店もあるようですが、染色補正とは、本来は着物の染め加工時の難などから、着物を着た後のお手入れや保管中のトラブルなど、ありとあらゆることに対応する技術を持った者だけが名乗ることが出来る専門職種なのです。

※なをし屋の代表、栗田裕史は、染色補正の国家資格である、一級染色補正技能士の資格を有しております。※