着物の衿汚れを家庭でベンジンで落とすことのリスク

お着物をあまり着慣れていない方は、どうしてもお洋服とは立ち振る舞いなどが変わってきますので、いつもと同じことをしていても、お食事やその他の行動でシミを付けたり汚してしまったりということが起きやすくなります。

お着物を日常でよく着られる方は、「着物を着用する時は、シミを付けないように気をつけている」という方がほとんどだと思います。
(中にはシミや汚れは全く気にしないというツワモノもいらっしゃいますが)

でも、どんなに気をつけていても、付いてしまうシミというか汚れがあります。それは、着用時の衿と袖口の汚れです(着方を工夫されていて、ほとんど衿が汚れないという方もいらっしゃいます)

衿の汚れは、大きく分けると、2種類になります。一つは、お化粧のファンデーションなどが付着した汚れ。もう一つは、汗や皮脂などの汚れ。

この衿汚れは、着用時にはほぼ必ず付いてしまうものですから、頻繁に着用される方は、ご自分で染み抜きを行って汚れを落とすという方もいらっしゃるようです。薬局やネット通販で衿汚れ用のシミ抜き剤やベンジンなんかも普通に買えますし、YouTubeなどでは、自分で出来る着物の衿汚れ落としの動画を観ることが出来ます。
でも、ちょっと聞いていただきたいことがあるのですが、プロの目から見ると、簡単そうに見える衿汚れの自家処理は、それなりに危険が伴います。

染色や柄が滲んだり消えたりするリスク

まず、着物に固有の染色や柄などの加工によっては、ベンジンとブラシなどで擦ることによって、色のにじみや柄の消失などのリスクがあります。
着物は基本的に洗濯することを前提にしていないので、多彩な色目や柄を表現するために、様々な染料で染めたり、様々な特殊加工を施してあります。

それらの中には、ベンジンなどをたっぷり吸ったブラシやタオルでこすった場合、染料が溶け出したり、柄が消えてしまったりするものがあります。

我々プロは日々の勉強と経験で大半の事故を未然に防ぐことが出来ますが、一般の方がそれを見分けることはやはり困難だと思います。

そして、もしそうなった場合、とても残念ではありますが、完全には元に戻せないことが多いのです。

ベンジンでは汗が残るリスク

次に、ベンジンなどで汚れを落としても、汗は残るという事実があります。

ファンデーションなどのお化粧汚れは、ほとんどが油性のものですので、ベンジンなどでも落とすことが出来ます。しかし、汗の汚れは水性のシミなので、水を使わないと完全には落とすことが出来ません。

そして、先程お話ししたように、着物は水による洗濯を前提に作っておりませんので、水を使った汚れ落としは、プロとしての技術が必要となります。

ベンジンはいとも容易く燃え上がるというリスク

そして最後に、これが意外と知られていないんですが、ベンジンなどの石油系溶剤は、かなり揮発性と引火性が高いということがあります。

誰でも簡単に手に入れられるベンジンって、本当はどういうものか、ご存知ですか?
ウィキペディアによりますと、

「ベンジン (benzine) は、原油から分留精製した揮発性の高い可燃性の液体であり、主として炭素数5~10のアルカン(飽和炭化水素)からなる混合物である。揮発油(きはつゆ)、ナフサ(naphtha)、ガソリン(gasoline)、石油エーテル(せきゆ—、petroleum ether)、リグロイン(ligroin)などとも呼ばれるが、用語の使い分けは地域や文脈によって著しく異なっている。日本では概ね、分留で得られる半製品をナフサ、内燃機関用に調製された製品をガソリン、溶剤などそれ以外の用途に用いられる製品をベンジンと呼ぶ慣行がある。一般に「ベンジン」と呼ばれているのは、JIS K 2201:1991に規定されている工業ガソリン1号である。 」

とあります。

怖いことに、分類的にはガソリンと同じものなんだそうです。ガゾリンが非常に引火や爆発しやすい危険な物だということは、皆さんも良く知るところではないかと思います。

着物クリーニングのプロは、ベンジンが引火する石油系溶剤だということを認識しているので、事故が起こらないように細心の注意を払って扱っておりますし、揮発した溶剤が室内にこもらないように、常に換気を行なっております(換気設備が貧弱で、ベンジン等の臭気が充満している残念な染み抜き店も中にはありますが・・・)
また、組合などで危険物としての取り扱いの講習なども受けています。

でも、一般の方でベンジンの本当の危険性を認識して使っておられる方が、果たしてどれだけいらっしゃるでしょうか?

決して非難するような気持ちは全くありませんし、お手入れは何が何でもプロの手に、というつもりもありませんが、お着物の衿汚れをご自分でベンジン等で処理される方は、上記のようなリスクを充分に理解されてから作業を行なっていただきたいと思います。

そして、もしちょっとでもうまくいかない雰囲気があれば、それ以上深追いせずに迷わず無理せずプロにお任せいただければと思います。